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トレンド小説連載 第3話

# トレンド小説連載 第3話

 天井の木目が、ぼんやりと滲んで見える。
 ――ここは、どこだ?
 まばたきを繰り返すたび、見慣れない景色の輪郭が少しずつ鮮明になっていく。寝転んだまま、僕――ユウタは状況を整理しようとしたが、頭はもやがかかったようにぼんやりしていた。

 (確か、スマホのロック画面に知らないアプリがあって……タップして……)

 そこから先の記憶は曖昧だ。ふと、手の中に何か硬いものを感じる。恐る恐る掌を開くと、見慣れたスマホがあった。ただし、画面には暗号のような文字列と見知らぬアイコン。背景は、どこか異国の風景写真のようだ。

 「……どこなんだ、ここ」

 呟いた声がやけに響く。立ち上がると、木造の屋根裏部屋のような空間。窓の外には、金色の草原と遠くの山並み。非現実的な光景に、胸の奥がざわつく。

 違和感は確信に変わりつつあった。僕は、自分の部屋ではない“どこか”にいる。

 (まさか――これが、異世界転移ってやつか?)

 ネットでよく見るテンプレ展開が、まさか自分に起こるとは。だが、浮かれる余裕はない。喉の奥が、乾いた恐怖でひりつく。

***

 ぎし、と床板が鳴った。その音に振り向くと、部屋の片隅に小さな扉があった。半開きの隙間から、誰かの気配。じっと目を凝らすと、やがて扉がゆっくり開く。

 「……だれ?」

 現れたのは、淡いピンク髪の少女。年齢は僕と同じくらいか、少し年下にも見える。大きな瞳がじっとこちらを見つめている。服装は、西洋の中世を思わせるものだった。

 「君、名前は?」

 「ユウタ。君は?」

 「私はミナ。ここは“始まりの街”の外れの宿屋だよ。……あなた、召喚されたの?」

 ミナは当然のようにそう言った。召喚。やはり異世界ものの展開らしい。でも僕はゲームや小説のキャラじゃない。思わず言葉に詰まる。

 「さあ……。スマホを触って、気づいたらここで」

 「やっぱり!最近この街、異世界から来た人がよく現れるの。魔王軍が動き出したせいだって噂だけど……」

 ミナは小さくため息をつき、続けた。

 「とりあえず、街のギルドで登録しないと危ないよ。身元保証がない人は、魔物と間違えられて捕まることもあるから」

 ギルド。登録。異世界の定番ワードが、現実味を帯びて耳に届く。だが、どこか腑に落ちない。ミナの言葉が流暢すぎるし、僕のスマホはなぜか充電が減っていない。

 「ねえ、どうして僕を助けてくれるの?」

 唐突に尋ねると、ミナはしばらく黙り込んだ。重い沈黙の後、ぽつりと答える。

 「……あなたが、今私が探している人に似ていたから」

***

 ギルドへの道は、街の雑踏を抜けて続いていた。活気ある市場、騎士が巡回する石畳の広場、怪しげな露店。すべてが非日常で、現実感が薄い。

 「ミナ、その“探している人”って?」

 「……私のお兄ちゃん。でも、もう三年も行方不明なの。最後に持ってたのが、あなたみたいな黒い板。――たぶん、それが“スマホ”なんだと思う」

 ミナの言葉に、胸の奥がざわついた。失踪した兄と、現代人しか持たないスマホ。偶然にしては出来すぎている。

 ギルドの大きな扉の前で、ミナは立ち止まった。

 「ユウタ。もしかしたら、あなたも兄と同じ“使命”を持ってるのかも」

 「使命?」

 「この世界を救うために、異世界から呼ばれた人たちがいるの。ギルドではそういう人を“勇者”って呼ぶの。でも……」

 「でも?」

 「……最近、“勇者狩り”が流行ってるの。魔王軍だけじゃなくて、この街の誰かが勇者を誘拐してるって噂。だから、絶対にスマホのことは誰にも言わないで」

 不意に、背筋が冷たくなった。ギルドの入口には、黒ずくめの男たちが何人も立っている。彼らの視線が、こちらをじっと追っている気がした。

 「大丈夫、私がついてるから」

 ミナは小さく微笑んだが、その裏に隠れた不安が伝わってくる。

***

 ギルドのカウンターで手続きをしていると、スマホが震えた。画面には、またもや見知らぬアプリの通知。

 【勇者登録完了。新たなクエストが開放されました】

 現実離れしたそのメッセージに、僕は言葉を失う。だがそのとき、背後から鋭い視線を感じた。振り向くと、黒ずくめの男のひとりが、僕のスマホをじっと見ていた。

 (見られた……?)

 鼓動が速くなる。ミナも異変に気づき、警戒するように僕の腕を引いた。

 「ユウタ、急いで!ギルド裏に抜け道があるの!」

 その言葉に導かれ、僕たちはギルドの奥へと駆け出した。背後で、男の叫び声と足音が響く。その中で、スマホに新たな通知が現れた。

 【新たな仲間が、あなたを待っています】

 (仲間……?それは、ミナの“兄”なのか――)

***

 「勇者って、逃げる側なのかよ……!」

 息を切らせて走りながら、僕はそう呟いた。異世界は、想像以上にシビアで、謎に満ちていた。

***

次回予告:ギルドの地下通路で、ユウタとミナを待つ“意外な味方”の正体とは――?