# 秘密のリビング
「おい、遅れるなよ!」と先輩の佐藤が声を張ると、後輩の山本はバタバタと足音を立てて駆け寄った。「す、すみません! ちょっと寝坊しちゃって…」彼の顔にはまだ寝ぼけた様子が残っている。
「そんなこと言ってたら、仕事に間に合わなくなるぞ。あそこのカフェで昨日の分を片付けるんだろ?」佐藤は顎でカフェの方を指し示す。山本は恥ずかしそうに鼻をかきながら頷いた。
秘密の同居生活が始まってから、早いもので一週間が経っていた。誰も知らないお互いの秘密、それはこの狭いアパートでの共同生活だ。仕事帰りに意気投合し、山本が引っ越してきたのだ。
「先輩、ひょっとして私の寝ぐせを気にしてます?」山本が冗談めかして尋ねると、佐藤は一瞬目を細め、「お前があまりにも無防備だから、気になるだけだ」と答えた。その口調には真剣さが滲んでいた。
「無防備って言うな!」山本は恥ずかしさに顔を赤らめた。
その日の仕事が終わり、カフェでの打ち合わせも済ませてアパートに戻ると、山本はソファにどっかりと腰を下ろした。「やっと一息つける…」
佐藤はキッチンでお茶を入れながら、「お前、結構疲れやすいな。もっと体力つけろ」と笑った。山本は反論しようとしたが、優しさが感じられるその言葉に口を噤んだ。
「先輩、何かお手伝いしますか?」と山本が申し出ると、佐藤は「そんなことで気を使うな。お前は帰って寝てろ」と返した。
それでも、山本は台所に向かい手伝おうとした。「だって、一緒にいるのが楽しいんですもん!」と無邪気に言うと、佐藤は手を止めて彼を振り返った。「なんだ、それは。」
「一緒にいるのが、楽しい。」山本の目は真剣だった。佐藤は思わず頬が緩むのを感じた。
「お前、自分がどんなこと言ってるか分かってるのか?」少し意地悪に響く声で佐藤は尋ねた。
「分かってますよ。だから、これからも一緒にいてくださいね。」山本は視線を外さずに言った。
その言葉に、佐藤の心は少し揺れた。何気なく山本を見つめながら、心の中で何かが動き出すのを感じていた。
そんな日々が続く中、ある晩、ふたりはソファで映画を鑑賞していた。山本が「これ、面白いですね!」と楽しげに声をあげると、佐藤は「お前は本当に子供だな」と笑った。
山本は不満そうに口を尖らせ、「でも、先輩も一緒にいて嬉しそうじゃないですか!」と挑発的に言い返した。
「え? それは……」佐藤は一瞬言葉を詰まらせ、混乱と戸惑いが心の中に広がっていく。しかし、山本はその隙に笑って、「ほら、先輩も一緒に楽しんでるじゃないですか。」と指摘した。
「お前が言うなら、そりゃそうかもな。」佐藤は背もたれに体を預け、少し恍惚とした表情を浮かべた。
「じゃあ、もっと一緒に映画見ましょうよ。」山本は嬉しそうに目を輝かせ、その瞬間、部屋の空気が少し温かくなったように感じた。
数日後のある晩、突然の雨音が部屋に響いた。山本は「雨すごいですね!」と窓辺に近づき、外を眺める。彼の後ろで、佐藤は何を考えているのか分からない様子だった。
やがて山本が振り返り、目が合う。「先輩、こういう時、何を考えてるんですか?」
佐藤は少し目を細め、「お前が風邪ひかないといいな、とか」とこっそり言った。山本は一瞬驚いたように目を大きくし、それから笑った。「先輩、意外と優しいんですね。」
「まあ、お前のためなら、そんなこともあるだろうよ。」佐藤は無理に笑おうとはせず、自然にその言葉を受け入れた。
その夜、同じ布団で眠ることになったふたり。山本は心臓がドキドキして眠れない。目を閉じても、隣にいる先輩の存在が気になって仕方がなかった。佐藤は眠る気配もなく、静かな空間がしばらく続いた。
「先輩、眠ってますか?」小声で尋ねると、佐藤は軽く「うるさい」と返した。
「ごめんなさい。でも、なんだか緊張します。」山本は率直に言った。すると、佐藤は少し声を下げて、「お前、どう思ってる?」と真剣に問いかけてきた。
「えっ?」山本は急にドキリとする。「何をですか?」
佐藤は一瞬逡巡した後、「俺たちって、こういう関係だって思ってるのか?」と尋ねた。
山本は心の中で思っていたことがそのまま口から出た。「はい、私は先輩が好きです。」その瞬間、佐藤は驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
どうやら、同居の秘密が少しだけ明るみに出た瞬間だった。
「それなら、大切にしようかな。」佐藤は優しく、しかし真剣な表情で言った。
山本は彼の言葉を受け止めながら、心の中で小さく踊る気持ちを感じた。
そんな日々が続く中、ふたりの関係は少しずつ、しかし確実に深まっていく。毎日が笑いや楽しさに満ちていて、それが愛情に変わるのも自然なことだった。
そして数ヶ月後、ふたりがこの関係をどう続けていくのか、その答えはまだ見えない。しかし、今の彼らには、確かな笑顔と温かな日々があった。
「おい、今度はどんな映画見る?」と山本が言うと、佐藤は笑って返す。「お前が選ぶなら、何でもいいさ。」
その言葉には、少しの未来も感じ取れた。そしてふたりは、再び共に歩き出すのだった。