小説

秘密の診療室で

# 秘密の診療室で

都会の片隅にひっそりと佇む診療所。表向きは普通の医院だが、実は患者と医者の特別な関係が育まれる場所でもあった。その雰囲気を作り上げたのは、かつて医者だった一ノ瀬と、彼に診てもらうことになった大学生の藤原だった。

藤原は二十歳になったばかりの若き大学生。彼は頻繁にこの診療所を訪れ、一ノ瀬の診察を受けることが日課となっていた。初めは健康診断に過ぎなかったが、次第に一ノ瀬に対する特別な感情が芽生えていく。

「先生、今日もお願いします。」藤原は明るい声で診療室に入る。

一ノ瀬は診察台の前に立ち、優しく微笑んだ。「藤原くん、また会えて嬉しいよ。調子はどう?」

藤原は少し頭を下げて答える。「前回のアドバイスのおかげで、だいぶ良くなったと思います。」

「それは良かった。」一ノ瀬の言葉に、藤原は心が軽くなる。彼にとって、一ノ瀬の言葉はただの医者の評価以上の意味を持っていた。

その日も診察を受ける中で、藤原は一ノ瀬との距離が縮まっていくのを感じた。診察が終わると、一ノ瀬はふと思いついたように言った。「少しだけ、話をしないか?」

「えっ、今からですか?」藤原は驚きつつも期待に胸が高鳴る。

「うん、最近どうしているのかなって気になったから。」一ノ瀬は柔らかな目で藤原を見つめ、その瞬間、彼の心の動きに触れたように思えた。

藤原は慎重に言葉を選びながら、「最近は授業が忙しくて…でも、友達と遊んだりもしてます。先生はどうですか?」と返した。

一ノ瀬は微笑んで、「僕も毎日忙しいけれど、こうやって話せる時間があるのはいいね。」と心地よい返事をした。

その会話の中で、藤原の心は一ノ瀬に特別な感情を抱くようになっていった。診療所の中で、彼らの関係は徐々に深化していく。

日が重なるごとに、藤原は不安や戸惑いを抱えつつも、一ノ瀬への想いを強めていった。ある日、いつもより穏やかな空気が流れる診療室で、一ノ瀬は優しい笑みを浮かべて言った。「今日の治療は、少し特別な体験になるかも。」

「特別…?」藤原はドキドキが止まらない。どんな診療が待っているのか、不安と期待が交差する。

一ノ瀬はその言葉に応えるように少しずつ近づき、藤原の視線をじっと見つめて言った。「心を開いてくれると、もっと気持ちよくなると思うよ。」

藤原の心臓が高鳴る。まるで時間が止まったかのように、周囲の景色が曖昧になっていく。

「僕…その、先生が好きになりそうだ。」藤原は自分の気持ちを口にした。それは告白とも取れる重要な瞬間だった。

一ノ瀬は驚いた表情を浮かべた後、優しく微笑んで言った。「そう感じてくれるのは嬉しいよ。でも、僕は医者として、君のことを一番に考えているから。」

その言葉が藤原の心に少しの不安を残す。果たして彼の気持ちは一ノ瀬に届くのか、それでも「ここにいると安心する」と素直に言った。

「ありがとう、藤原くん。君の存在が、僕にとっても大切なんだ。」一ノ瀬の言葉は、藤原の心を軽くした。

その後も二人の関係は少しずつ深まり、診療所での会話はますます楽しいものになっていった。医者と患者という関係の中で、慎重に気持ちを育みながら、藤原は自分の中に芽生えた恋心に素直になっていった。

それでも心の奥では、許されざる関係であることを知っていた。二人の未来には、さまざまな壁が立ちはだかることも承知していた。しかし、静かな時間を共に過ごすことが、それだけで幸せだった。

ある夕方の診療の後、藤原は静かに一ノ瀬に言った。「先生、これからももっと一緒にいたい。」

一ノ瀬は柔らかな笑みを浮かべて、「もちろん、君が望む限り、僕はここにいる。」と答えた。

その言葉の裏には、何か特別な意味があるように感じられた。二人の間に流れる空気がどこか違っていたが、未来のことを考える余裕はなかった。ただ、その瞬間を大切にしたいと思った。

診療所を後にする藤原の背中には、ほんのりと温かい気持ちが残っていた。明日もまた彼と会えるという事実が、藤原にとって何よりの癒しだった。心の中に残る余韻を感じつつ、その小さな恋の行く先を思い巡らせると、不安が胸をよぎった。

「明日も、また来ていいかな?」藤原が振り向いて尋ねると、一ノ瀬は優しく頷いた。

「もちろん、待っているよ。」

その一言が藤原の心に小さな希望を灯し、彼は微笑んで診療所を後にした。暗くなり始めた街を歩きながら、未来にはまだ見ぬ光が待っていると感じた。そんな甘い期待を胸に、一歩ずつ進んでいくのだった。