小説

禁断の診療室

# 禁断の診療室

春の柔らかな陽射しが差し込む病院の待合室。薄緑の椅子に腰掛けた佐々木圭一(ささきけいいち)は、心臓の高鳴りを必死に隠していた。目の前には、医師としての誇りと秘めた想いを抱える藤原陸(ふじわらりく)が立っている。

「お待たせしました、佐々木さん。今日はどうされましたか?」藤原が優しく尋ねると、圭一の心拍数はさらに早まる。

「えっと、あの…ちょっと頭が痛くて。」圭一はおどおどしながら言葉を発した。その瞬間、藤原の笑顔がどれほど素敵かを再確認した。

「そうですか。じゃあ、診察しましょうか。」藤原は圭一を診察室に誘導する。圭一は内心のドキドキを抑えつつ、その背中を見つめていた。

診察室に入ると、薄暗い雰囲気の中、藤原はおもむろに圭一の前に座った。

「それでは、少し体温を測りますね。」藤原は温度計を手に取り、優しい視線を向ける。圭一は、その視線に体温を測られているような感覚に襲われた。「そんなに熱はないと思いますけど…」

「あ、あはは、どうかも…ま、まぁ、期待しないでください!」圭一は思わず言葉をもごもごさせた。医者と患者の関係を忘れ、ただの男同士でいたいという願いが心の中で渦巻く。

「もし、何か心配事があれば、何でも言ってくださいね。私が診ますから。」藤原の真剣な表情が、圭一の心に響く。

「実は…藤原さんのことが好きなんです。」圭一は意を決してその言葉を口にした。気持ちの重みが、まるで草野球のボールを打ったかのように感じられた。

「え?」藤原は驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。「私もです、でも…こんな状況で言うのは不適切かもしれませんね。」

「うん、確かに…でも、どうしても言いたかった。」圭一は恥ずかしさに目を逸らした。

「私たちの関係は特別です。医者と患者として、越えてはいけない線があるのも事実です。」藤原はため息をつきながら言った。

その言葉に、圭一の心は複雑になった。藤原の言葉には重みがあったが、彼は諦めきれない気持ちが渦巻いていた。

「でも、もしこれが禁断の恋だとしても…もう一歩踏み込む勇気が欲しい。」圭一は自分の気持ちを押し殺すように言った。

藤原は少し考えた後、ぽんと手を叩く。「それでは、これからの診察は私たちの新たな関係を試す機会にしましょう。」

「本当に?」圭一の目が輝いた。心の奥で、秘めた思いが少しずつ実を結ぶ瞬間が訪れていた。

「私が圭一さんの状態を見守りながら、新しい関係を築いていきましょう。どうかな?」藤原は微笑みを浮かべ、優しく問いかけた。

圭一は頷いた。「それなら、僕も心を開いていくよ。」

診察室での彼らの会話が始まると、病院の冷たい雰囲気は徐々に和らいでいく。お互いの心に秘めた情熱が少しずつ露わになり、二人の距離が近づいていった。

時が経つにつれ、彼らは少しずつ心を通わせていった。圭一は藤原に対する想いを再確認し、藤原もまた、圭一の純粋な愛情に心が満たされていく。しかし、職場の目や世間の常識を考えると、その想いが簡単には実現しないことも理解していた。

数週間後、二人は定期的に会うようになり、診察を含めて楽しい時を過ごす。無言のまま、窓の外に舞い散る葉桜を眺めながら、その瞬間を共有することもあった。

ある日の午後、再び診察室でふたりきりになったとき、圭一は言った。「藤原さん、もしこの関係が簡単じゃないなら、やっぱり続けるべきじゃないのかも。あまり期待しすぎるのも良くないと思うし…」

藤原は少し黙って考えた後、「確かに、私たちには難しい道が待っています。でも、どんな困難が訪れても、圭一さんのことを思う気持ちは変わらない。」

「そう言ってもらえると、少し安心するよ。」圭一は微笑んだ。

「そうそう、明日のお昼に開かれる研究発表会に行く予定なんです。もし時間があれば、見に来てもらえませんか?」

圭一は驚き、目を輝かせた。「本当に?もちろん行くよ、応援するから!」

診察室の空気は弾んでいた。お互いの存在が自然に大切なものになりつつある。そして、藤原の笑顔を見ながら、圭一は確信する。「この恋、終わることはないんだ」と。

春が過ぎ、少しずつ夏が近づく中、彼らの関係は静かに、しかし確実に深化していく。診察室の扉が閉じられ、新しい未来の扉が開くのを待ちながら。

再会の日を楽しみに、圭一は心の中で誓った。藤原のために、何ができるかを考えながら、どんなに困難で禁断の関係であろうとも、彼はその一歩を踏み出す勇気を持っていた。