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トレンド小説連載 第2話

# トレンド小説連載 第2話

 枕元のスマホから、かすかな電子音が鳴る。その音に導かれるように、僕――ユウタは目を覚ました。普段なら、まずニュースアプリやSNSの通知を確認する。でも、今朝は違った。
 スマホのロック画面中央に、昨日まで絶対になかったアプリがひとつ。
 「ISekai Gate」――白地に青い扉のアイコン。
 画面に触れる指先が、なぜか重い。寝ぼけているのか、それとも夢の続きなのか。
 昨日から、このアプリのことが頭から離れなかった。
 起動した覚えはないのに、アプリのバッジには「1」の表示。未読通知のようだ。
 スマホの明かりがぼんやりと部屋を照らし、カーテンの隙間から朝日が差し込む。机の上には積み上げた参考書と、飲みかけの缶コーヒー。
 すべてが日常そのもの――ただ、ISekai Gateだけが異質だ。
 (こんなアプリ、聞いたこともない。ウイルスか?)
 警戒しつつも、どこかで「何か起こるかも」と期待している自分がいる。

 気づけば、指は勝手にアイコンをタップしていた。

 
 ◇

 画面が開く。派手な演出はなく、ただ「ゲートを開きますか?」と白い文字が静かに浮かんでいるだけ。
 スワイプしても他に何もない。
 (……これ、絶対怪しい)
 そう思いながらも、なぜか惹かれて「はい」をタップする。
 瞬間、目の前の景色が一変した。
 僕の部屋は消え、代わりに広がるのは見知らぬ青空と果てしない草原。風の匂いが、現実よりも鮮明だ。
 「な、なんだこれ……」
 自分の体を見下ろすと、パジャマ姿のまま。スマホは右手にしっかり握っている。
 ――まさか、異世界転移? いや、現実にそんなこと……。
 足元に何かが転がっている。
 真鍮色のプレート。その中央に「ISekai Gate」と見覚えのあるロゴ。
 (本当に異世界に来てしまったのか……?)
 足元は土と草。遠くには塔のような建物がぼんやり見える。
 立ち尽くしていると、背後から声がした。
 「――あんたも、来たのか?」
 振り返ると、僕と同じくらいの年の少女が立っていた。黒いショートヘアにカジュアルなパーカー姿。
 「え?」
 少女はじっと僕を見つめる。
 「ISekai Gate、起動したんでしょ? 私もだよ」
 彼女のスマホにも、同じ画面が映っている。

 
 ◇

 「君も、このアプリで……?」
 「うん。昨日の夜ダウンロードして、目が覚めたらここ。友達もいないし、スマホだけが使えるみたい」
 彼女は「ナナ」と名乗った。
 「ここ、どこなんだろう」
 「たぶん、本当に異世界……っぽいよな」
 僕は周囲を見回す。人影も車も、電線すら見当たらない。空は高く、雲の流れもゆっくりだ。
 「どうやって帰るんだろう」
 「ISekai Gateに、“戻る”ボタンとかないの?」
 画面を操作してみるが、ゲートを開いた後は何も表示されない。
 「バッテリーは……まだ残ってる」
 「私、何度か電源切ったけど、こっちの世界だと減らないみたい」
 スマホだけが現実と繋がっている気がして、心細いけれど少し安心する。
 ふたりでしばらく無言で歩く。どこへ行けばいいか分からないが、立ち止まっても仕方ない。

 「……ねえ、ユウタくん、だっけ」
 「うん」
 「これ、もしかして私たちだけじゃないかも」
 ナナが空を指さした。遠くに、ドローンのような機械が音もなく浮かんでいる。
 「他にも“ゲート”利用者がいる?」
 「かも。さっきから、妙な影が動いてるの見えてた」
 その時、草むらがガサリと揺れる。
 「――おい、そこの二人!」
 今度は明らかに大人の男の声。現れたのはスーツ姿の男。どう見ても異世界の住人には見えない。
 「君たち、ISekai Gateの利用者か? 少し話を聞かせてほしい」
 男は腰から警察手帳のようなものを取り出したが、そこには「I.G.A」――見覚えのないロゴ。
 「I.G.A……?」
 「異世界ゲート管理局だ。パニックを防ぐため、君たちにはこちらで保護してもらう」
 「……管理局?」
 僕とナナは顔を見合わせた。

 
 ◇

 男――自称「異世界ゲート管理局」の職員は、僕たちに歩きながらいろいろ尋ねてきた。
 「君たちは、どうやってゲートにアクセスした?」
 「普通にスマホのアプリを起動しただけです」
 「アプリは誰からもらった?」
 「知らない、勝手に入ってた」
 男の表情が一瞬曇る。
 「とにかく、まずは管理局まで来てもらう。無闇に動くと危険だから」
 (なんだよ、ここ……。異世界なのに、現実と繋がってるみたいだ)
 ナナも緊張している様子だ。
 草原を抜けると、舗装された道に出た。道の先にはガラス張りのモダンな建物が見える。
 「この辺、異世界って感じしないな……」
 僕がつぶやくと、ナナが小声で答えた。
 「逆に、“作られた異世界”なんじゃない?」
 「え?」
 「アプリを通してユーザーを集めてる。たぶん、何かの実験かも」
 彼女の声が少し震えていた。
 「ねえ、ユウタくん。I.G.Aって、信じていいのかな」
 僕は黙って空を見上げる。ドローンが、またひとつ浮かんでいた。
 (何かがおかしい。そもそも、なぜ僕たちだけが選ばれた――?)

 
 ◇

 ガラス張りの建物に向かう途中、僕のスマホが不意に震えた。
 画面には、さっきまでなかった通知。「ISekai Gateからの重要なお知らせ」とだけ表示されている。
 立ち止まり、その通知をタップする。
 『次のゲートが、間もなく開きます』
 その下でカウントダウンが始まった。00:59、00:58……
 (次のゲート……? 一体、どこに繋がるんだ?)
 ナナも隣で同じ通知を受け取っていた。
 僕たちは顔を見合わせ、同時に息を呑む。

 
 ――次回、異世界の「本当の姿」が明らかに。